イタリアへ~バラと芸術の歴史を訪ねて2「ダ・ヴィンチの葡萄園」

レオナルド・ダ・ヴィンチが、「最後の晩餐」の壁画を
描いたことへの報酬として依頼主のミラノ公ルドヴィーコ・
スフォルツァより譲渡されたとされる葡萄園へ行ってきました。
この葡萄園は、サンタ・マリーア・デッレ・グラーツェ教会の
すぐ近くにあり、長年スフォルツァ家に仕えたアテッラーニ家の
屋敷の庭園の中にあることが、研究家によって発見され、
昨年(2015年)より公開となったばかりです。
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入口の建物にも葡萄の枝が絡み、素敵な雰囲気でした。
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1400年代に建てられたというアテッラーニ家の屋敷も
大変見応えがありました。
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こちらが、庭園を見渡せる場所になります。
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嬉しいことに、庭園にはバラも植栽されていました。
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彫像にバラが誘引されて。
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そして、こちらが、「ダ・ヴィンチの葡萄園」です。
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1498年、葡萄園がダ・ヴィンチへ譲渡された時、
幅が60メートル、奥行きが175メートル、1ヘクタールに少し
欠けるほどの広さであったそうです。
ダ・ヴィンチはその後、葡萄園をダ・ヴィンチに最後まで仕えた
ジョヴァンニ・ヴィッラーニと、弟子のジャン・ジャコモ・カプロッティへ
二つに分けて譲渡しました。ヴィッラーニはその土地を修道院へ譲り、
カプロッティはその土地に自身の家を建てましたが、暗殺され、
別の人物へ譲渡されました。
その後時を経て、この葡萄園は、建築家ルーカ・ベルトラーミによって、
古い資料等から現在地が発見されるまで、約400年もの間、
時の彼方へ忘れ去られていたとのことです。
発見からこの場所は、管理保存され研究が続き、世界大戦中での
空爆(1943年)により、地中に埋まってしまったブドウの樹木の
列の跡も発見されました。また、地中の有機体などの調査も行われ、
ダ・ヴィンチの生きた当時の葡萄のDNA(ブドウ種:Malvasia di
Candia Aromatica)の復元に成功し、ここに植栽されているとの
ことです。それゆえ、まだ葡萄の木は若いのだと理解出来ました。

庭園に咲いていた紫陽花とバラ。
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再現されたダ・ヴィンチの葡萄園やイタリアの歴史ある屋敷と庭園
にロマンを感じると共に、そこに咲くバラにも出会えたことに、
とても喜びを感じました。

メールアドレス  salonderoses2@excite.co.jp
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by salonderoses2 | 2016-07-21 01:15 | 2016・イタリア薔薇と芸術の歴史を訪ね