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「2014・珠玉のフランス~英国庭園巡り・バラと紅茶とアンティーク
に出逢う旅」のご報告の続きです。

フランスでの庭園巡りの行程も晴天のうちに無事終了することが出来、
パリでの残された時間を皆様、思い思いに楽しまれたご様子でした。
私は、お土産を買いに行かれる皆さんとご一緒に、百貨店「ギャラリー・
ラファイエット」へ向かいました。
「エッフェル塔」と「自由の女神」
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「コンコルド広場」 1794年のフランス革命終結時には、マリーアントワネット
やルイ16世をはじめ大勢の人々がギロチンによって処刑された場所でも
あります。
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「オペラ座」
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私は「これしてみたかったのです。」と仰るGさんと
ワイン&オイスターを楽しみました。
実は、私もしてみたかったのです(笑)。
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美しい「ギャラリー・ラファイエット」の天窓
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そして、あくる日の朝、私たちは列車ユーロスターにて、ロンドンへと
向かいました。
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次回は、イギリスの庭園巡りです。

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by salonderoses2 | 2014-07-17 10:58 | 2014・仏英庭園巡りのご報告

バラ専門情報誌「New Roses」(株・産経メディックス)のwebサイト
「New Roses Web」(株・産経デジタル)に於きまして、今年の6月に
行って参りました「仏~英庭園巡り訪問記」(全4回)の第2回が
アップされました。ぜひ、こちらをご覧下さい。
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by salonderoses2 | 2014-07-15 22:30 | メディア

「2014・珠玉のフランス~英国庭園巡り・バラと紅茶とアンティーク
に出逢う旅」の続きです。

フランス・シャンティイ城を後にした私たちは、パリ16区にある
ブローニュの森の中、「バガテル公園」へと向かいました。

1777年、ルイ16世の弟のアルトワ伯爵(後のシャルル10世)
(1757~1836年)が、遊び仲間であったマリー・アントワネットと共に
建築家のベランジェに依頼し造らせた公園です。
1905年には、パリ市が買収し、造園家のジーン・クラウド・ニコラス・
フォレスティエ(1861~1930年)に改修を依頼、当時の印象派
の画を手本に庭は造られたそうです。
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ローズガーデンは、整形式庭園で、スタンダードローズが整列され
その足元にも低くバラが植えられています。
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気になったバラがありました。
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毎年このローズガーデンでは、新品種コンクールが開催されます。
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そして、こちらはローズガーデン横の、ポタジェ。
果樹、野菜、ハーブ、草花などを混植した実用と鑑賞の両目的を
兼ね備えた庭園です。
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紫陽花の花も満開でした。
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ウォールドガーデンのバラとクレマチス。
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皆さん、足を止めて見入っていらしたバラ「モン・ジャルダン・エ・マ・メゾン」
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前回までの「2014・仏~英庭園巡り」の記事です。

⑦「シャンティイ城へ」http://roseherb.exblog.jp/20898987/
⑥「サンリスの街にてランチ」http://roseherb.exblog.jp/20898408/
⑤「シャーリー修道院のバラ園へ」http://roseherb.exblog.jp/20892490/
④「ジベルニーのモネの家と庭園へ」http://roseherb.exblog.jp/20869478/
③「ジェルブロア・アンリ・ル・シダネルの庭園へ」http://roseherb.exblog.jp/20855032/
②「美しいバラの村 ジェルブロアへ」http://roseherb.exblog.jp/20845926/
①「パリ到着」http://roseherb.exblog.jp/20845697/

次回も、どうぞお楽しみに。

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by salonderoses2 | 2014-07-12 13:23 | 2014・仏英庭園巡りのご報告

引き続き、「2014・珠玉のフランス~英国庭園巡り・バラと紅茶と
アンティークに出会う旅」のご報告をさせて頂きます。

サンリスの中心街でランチを頂いた私達は、かつて王侯貴族の
馬術と狩猟の町であったシャンティイに建つ「シャンティイ城」へと
向かいました。
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このお城は、14世紀から19世紀にかけて、オルジュモン家、
モンモランシー家、ブルボン・コンデ家、オルレアン家によって
作られた貴重な建築物が集まっています。
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広大な庭園には、水辺が張り巡らされ、フレンチガーデン、
イングリッシュガーデン、アモー(村里風庭園)等があり、
ヴェルサイユ宮殿の庭を造ったアンドレ・ル・ノートルによって
造られました。アモーは、プチ・トリアノン宮殿のアモーよりも古く、
プチ・トリアノン宮殿のアモーはこちらのシャンティイ城のアモーを
模して造られたとのことです。
今回は、時間の関係もあり、広大な庭園を散策することは致しませんでしたが、
城のポーチから庭園を望むことが出来ました。
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また、前回の記事にも書きましたが、こちらの城の晩餐会のデザートに
クレームシャンティイ(ホイップクリーム)が初めて出されたことから、
クレームシャンティイ発祥の地として、洋菓子の世界からも一目を置かれる
存在の城でもあります。
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城の中は、現在「コンデ美術館」となっています。
この城の最後の城主、オーマル公(アンリ・ドルレアン)(1822~ 1897年)
は、フランス最後の王ルイ・フィリップ(1773~1850年)の5番目の
王子で、大叔父にあたるブルボン公(コンデ家)の死により、僅か8才で
このシャンティイ城を引き継ぐこととなりました。
しかしながら、ナポレオン3世による第二帝政が始まると、身の危険を
感じたオーマル公は、他のフランス貴族同様、イギリスに亡命をしました。
約20年以上にもなる亡命中に、イギリスや他のヨーロッパの国々に
流れた祖国の美術品を取り戻すかのように、ヨーロッパ中の大きな
オークションを巡り、精力的に収集活動を行いました。
シャンティイに関する古文書も取り寄せ、「コンデ公爵家の歴史」を
執筆します。他界した父、国王ルイ・フィリップや兄弟、親族が遺した
美術品も収蔵し、1871年にフランスに帰国した際には、質、量ともに
第一級の個人コレクションとなっていたそうです。
また古い美術品ばかりでなく、当時の優れた美術品の擁護も行い、
フランスでは、ルーブル美術館に次ぐ、近代絵画コレクションの美術館と
言われています。
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最後にオーマル公は、城を含む領地とその内部にある美術品の全てを
一般公開することを前提に、フランス学士院に贈与しました。
但し、「絶対に陳列品の配置を変えないこと」と「コレクションを常に完全な
状態で保管すること、よって貸出を禁止すること」という条件が出されました。
ですので、ここに来ないと目にすることが出来ない美術品を、今回、
こうして実際に目に出来たことは、本当にラッキーだったと言えるかも
しれません。

オーマル公の15000冊の書物を有する「図書室」
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「戦いのギャラリー」
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「狩猟の様子を描いた大きなタペストリー」
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狩猟の女神「ディアナ」も描かれています。
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そして、ギャラリーでは、「ここにあったのか!」と驚くような名画が
所狭しと展示されていました。その幾つかをご紹介させて頂きます。

ドミニク・アングル(1780~1867年)「ヴィーナスの誕生」(1807~1848年)
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サンドロ・ボッテチェリ(1445~1510年)「秋」
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サンドロ・ボッテチェリ「聖母子」
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ラファエロ・サンティ(1483~1520年)「オルレアンの聖母子」 (1506年)
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ラファエロ・サンティ「三美神 」(1504~1505年)
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ラファエロ・サンティ「ロレートの聖母子」 (1511~1512年)
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イアサント・リゴー (1659~1743年) 「ルイ・15世」
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フランソワ=ユベール・ドルーエ (1727~1775年)「マダム・ドゥ・ポンパドール」
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フランソワ=ユベール・ドルーエ 「べべに扮したマリー・アントワネット」(1773年)
向かって左側に、鷲だか鷹が描かれています。意味がありそうですね。
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本当にたくさんの名画が並んでいました。
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衰退し消えゆく運命だったフランス王政の最後の王子が、総力をあげて
集め、遺してくれた美術品の数々、足早ではありましたが、見ることが出来、
本当に感激致しました。

こちらは、城内の礼拝堂。こちらの祭壇の奥にコンデ家の墓所が
安置されています。
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ブルゴーニュ地方のコンデ家発祥の地、コンデ村の教会に建っていた
ブロンズ製の墓標を、革命政府の金属供出令で溶かされるのを恐れて、
当時の墓守が漆喰で塗り固めて守ったそうです。
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狩猟犬のモニュメント
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次回は、「バガテル公園」です。

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by salonderoses2 | 2014-07-12 02:39 | 2014・仏英庭園巡りのご報告

引き続き「2014・珠玉のフランス~英国庭園巡り・バラと紅茶と
アンティークに出会う旅」のご報告をさせて頂きます。

サンリスのシャーリー修道院を出た私達は、サンリスの中心地へと
向かいランチを頂くレストランに到着しました。
フランスのエスプリを感じる素敵なレストランでした。
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お味も美味しいフレンチ料理でした。
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こちらは、デザートですが、イチゴタルトの横にホイップクリームが
付いているのを見て、私はとても嬉しくなってしまいました。
なぜなら、このランチの後に向かうシャンティイ城は、このホイップ
クリーム発祥の地だからです。
ホイップクリームのことをフランス語では、「クレーム・シャンティイ」と言い、
シャンティイ城の名が付いているわけです。

またちょうどこの日、ご参加された方のお一人がお誕生日でしたので、
皆さんとお祝いさせて頂きました。
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寄せ植えも素敵なフレンチレストランでした。
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この後、ここからすぐのシャンティイ城へ向かいました。

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by salonderoses2 | 2014-07-11 22:29 | 2014・仏英庭園巡りのご報告

引き続きまして、「2014・珠玉のフランス~英国庭園巡り・
バラと紅茶とアンティークに出会う旅」のご報告をさせて頂きます。

パリから北約40㎞のサンリスにある「シャーリー修道院のバラ園」へ
向かいました。エルムノンヴィルの森の外れ、メール・デュ・サーブル
という遊園地が向かいにあります。
シャーリー修道院は、1137年に、フランス国王によって建てられ、
シトー修道会に与えられました。現在では、フランス革命により
攻撃を受け廃墟となった修道院の建物が残されています。
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右が、廃墟となった修道院、左が12世紀に建てられたコシック様式の
聖メアリー聖堂。聖堂の奥に、バラ園へ続く入口があります。
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お天気にも恵まれ、朝のバラ園は大変心地良かったです。
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「Rush」という名のバラが満開でした。
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「フェリシテ・ペルペチュ」
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バラ園を出て、聖堂内を見学しました。
交差するリブ・ヴォールトのある天井には、イタリア人装飾画家
プリマティッチョ(1504~70年)による大変美しいフレスコ画が
描かれています。
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また、振り返って入口の上部には、「受胎告知」が描かれた
画もありました。
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お隣の廃墟となった修道院とはまるで別世界のような、
美しい聖堂内が残ったことは、奇跡のようにすら感じられました。
ルネッサンス期に、フランソワ1世(1494~1547年)からこの
修道院長に任命されたイタリア人高位聖職者枢機卿イッポリート・
デステ(1509~1572年)によって、イタリア人のプリマティッチョが
任命されたようです。また、バラ園を囲む門や壁を作ったのも
イタリア人建築家セバスティアーノ・セルリオ(1475~1554年)でした。

1793年には、修道院を含むこの地が、国有財産として売りに出され、
1851年に、パリの上流社会にいたドゥ・ヴァトリー夫人(1802~1881年)
が買い取り、フレスコ画や庭園が修復されました。
1902年に、再び売りに出されたこの地を購入したのが、ネリー・ジャックマール・
アンドレ夫人で、8年前に他界した夫は、銀行家で資産家のエドワード・アンドレ
(1833~1894年)。パリにあるかつてご夫婦の邸宅でもあった「ジャックマール・
アンドレ美術館」には、ご夫婦の美術コレクションが展示されています。
夫の死後も夫人は、様々な場所へ旅行し、その地の美術品を購入し、
美術品は増えて行きました。
1912年に、夫人が亡くなると、美術品を含むこの地は、フランス学士院に
遺贈され、夫人は、先程の聖メアリー聖堂内の祭壇右手に眠っています。

こちらは、ネリー・ジャックマール・アンドレ夫人が住まいとした城ですが、
現在では美術館となっていて、コレクションされた美術品や調度品を
見ることが出来ます。(撮影禁止でしたので、写真はありません。)
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見学した印象は、キリスト教美術が多いこと、美術品の数の多さに驚きました。
特に、イタリア人画家ジョット・ディ・ボンドーネ(1267~1337年)が、
フィレンツェのサンタ・クローチェ教会のために描いた5枚の祭壇画のうちの
2枚「福音書記者聖ヨハネ」(1320年)と「聖ラウレンティウス」(1328年)が
あったことには大変感激しました。

1965年に歴史的建造物に指定され、バラと美術と歴史、どちらも
楽しむことが出来るこの場所は、まだ日本人観光客にあまり知られて
いませんが、とても見応えのある名所のひとつだと改めて思いました。
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ギフトショップで購入した美術館パンフレットとハーブ石鹸。
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次回は、「サンリスの街でのランチ」です。

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by salonderoses2 | 2014-07-11 12:06 | 2014・仏英庭園巡りのご報告

現在、私のこちらのブログでも連載をさせて頂いております
「2014・仏~英庭園巡り・バラと紅茶とアンティークに出会う旅」の
ご報告が、バラ専門情報誌「New Roses」(株・産経メディックス)の
webサイト「New Roses Web」(株・産経デジタル)に於きましても、
「仏~英庭園巡り訪問記」(全4回)として連載させて頂くことと
なりました。第1回目がアップされましたので、ぜひ、こちらをご覧下さい。
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by salonderoses2 | 2014-07-06 12:53 | メディア

2014年6月14日~21日「珠玉のフランス~英国庭園巡り・
バラと紅茶とアンティークに出会う旅」
(企画・実施:株式会社・日放ツーリスト)のご報告④は、
「ジベルニーのモネの家と庭園へ」です。
フランス庭園巡り1日目、パリの北東ピカルディ地方の小さな美しい
バラの村「ジェルブロア」を出た私たちは、そのままノルマンディ地方
にあるジベルニーの「モネの家と庭園」へ向かいました。
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モネが「睡蓮」の連作を描いた「睡蓮の池」の入り口は、
東洋的な雰囲気です。
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美しい睡蓮の池が広がり、風景を眺めながら歩いていると、
この風景を何枚も描いたモネの気持ちがとても解るように思いました。
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モネの家の前に広がる庭園は、まさに百花繚乱という言葉が
ぴったりでした。
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家の中は、この日もとても混んでいました。
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2階の部屋からの眺め。
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クロード・モネ(1840~1926年)は、季節や時間と共に移りゆく
光によって生み出される色彩の変化を追及した印象派を代表する
画家であり、「光の画家」とも呼ばれています。
他の印象派の画家たちが、独自のそれぞれの道へと進んで行く中、
モネは、人生の最後まで印象主義の技法を追及し続けました。
1883年から、このジベルニーに移り住み、1926年にこの世を
去るまで、このアトリエのある家で過ごし、モネ自ら、庭園の作業も
していたとのことです。
睡蓮の池のある「水の庭」と、様々な花々が咲く「花の庭」を造り、
「庭は、自分の最高傑作である。」と自ら話していたそうです。
家の中は、撮影禁止でしたので写真はありませんが、
壁一面に、日本の広重等の浮世絵のコレクションが飾られ、
ジャポニズムを愛していたことがとても伝わって参りました。

ちょうど、現在、東京・世田谷美術館に於いて、
「ボストン美術館-華麗なるジャポニスム展 印象派を魅了した日本の美」
が開催されています。
モネの「ラ・ジャポネーズ(着物をまとうカミーユ・モネ)」
(1876年・ボストン美術館所蔵)も観れるとあって、
ぜひ、私も早くに観に出かけたいと思っております。

次回、「2014・仏~英庭園巡りのご報告」は、
「シャーリー修道院のバラ園」です。
どうぞ、お楽しみに。


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by salonderoses2 | 2014-07-02 23:45 | 2014・仏英庭園巡りのご報告

引き続きまして、2014年・仏~英庭園巡りのご報告をさせて頂きます。
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フランス、パリの北東、ピカルディ地方の小さな村「ジェルブロア」は、
波乱に富んだ歴史を持つ村で、かつてジェルブロアのあるピカルディ地方の
すぐ隣のノルマンディ地方が、イギリスに支配されていた中世の時代、
ジェルブロアは、ボーヴェの要塞としてその最前列にあったのです。
500年間もの長きに渡って、イギリスとフランスがこの地を支配しようと争い、
ジェルブロアの人々は、その間、殺戮や戦火、略奪等の幾多の困難に
耐えてきたのでした。
1592年に、ようやく休戦協定が結ばれると、急にこの村は歴史の中に
取り残されたように、静けさの中に埋もれて行きました。
この生気を失ってしまった村に、生気を取り戻すきっかけを作った立役者が、
20世紀初頭、ジェルブロアに自身の絵画制作の為に立ち寄った画家
「アンリ・ル・シダネル」(1862~1939年)でした。
アンリ・ル・シダネルは、印象主義を基にはしてはいるものの、
あらゆる流派や理論に属することなく、「孤高の芸術家」と言われました。
また、「アンティミスムの画家」とも呼ばれ、身の周りの風景や人物、
光景等を情感を込めて描く画家として、日本に紹介されています。
彼はこの小さな村に魅了され、1904年に小さな丘の頂にある要塞の
遺跡の中に住まいを構えました。
こちらが、その住まいのある庭園の入り口です。
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敷地の中には、修道院を改修した住まいやローズガーデン、
イタリア式の庭園を造り、多くの絵画の作品をここで描きました。
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アンリ・ル・シダネルの胸像が、住まいだった建物の方向を
見つめています。
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階段を上って行くとローズガーデンが見えてきました。
背景には、村の教会が建っています。
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そして、「離れ屋」「La pabillon,Gerberoy」と題された彼の作品に
登場する小屋がローズガーデンの入り口に建っていました。
その前で、皆様と記念の写真を撮り合いましたね。
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現在、小屋を彩るバラの花は「ピンク・クラウド」でした。
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「離れ屋」「La pabillon,Gerberoy」(1927年・日本・ひろしま美術館所蔵)
黄昏時の光や霧に包まれた光、その中にある風景等を多く好んで
描いた彼の代表作です。
実物の絵は150×125㎝と大きく、とても美しい絵ですので、
機会がありましたら、ぜひ、日本にありますのでご覧下さい。

丘の頂上の「イタリア式庭園」。
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d0099791_15503028.jpgそして、こちらの庭園を
任され管理なさっていら
っしゃる庭師、オディール・
エンヌベールさんに、
お会いすることが出来
ました。
東日本大震災チャリティ
ローズ「絆」が植えられて
いる場所を教えて頂き
ました。
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こちらは、庭園内の丘の上からジェルブロアの村を見下ろした風景。
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ある屋根の上に、騎馬に乗った騎士の姿が。村を守っている様です。
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庭園を出て、向かい側の丘から、アンリ・ル・シダネルのかつては
要塞であった庭園を振り返って見た景色。
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アンリは、1909年には「ジェルブロア友の会」を作り、自ら名誉会長となり、
村の入居者に、庭先にバラを植えるよう勧め、バラの季節になると
村の至る所でバラが咲く、美しい村へとジェルブロアを導いたのでした。
また、全国組織の「バラの会」の会員にもなり、以後、このバラの会が
中心となって、年1回の「バラ祭り」が開催されるようになりました。
現在では、フランス旅行クラブによって「フランスの最も美しい村」の
ひとつに認定されるに至っています。
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そんな「ジェルブロア」を訪れた私たちは、バラの咲くフランスの片田舎の
美しくのどかな風景に癒され、アンリ・ル・シダネルの意志を継いだこの地の
人々の優しい笑顔に魅了されました。
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ちょうど訪れた日が、偶然にも年に一度の「バラ祭り」の日であった為、
以前訪れた時よりも賑わった村の姿を見ることが出来ました。
静かな村も素敵でしたが、ジェルブロア特産のワインや野菜、手作りの
石鹸やキャンドルや絵画、そしてバラ苗等が並び、アコーディオンの音色が
陽気に流れる小さな片田舎のお祭りの雰囲気に、すっかり酔いしれて
しまいました。
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私は、行きのバスの中で、「今日は偶然バラ祭りの日なのですが、
まるでアンリ・ル・シダネルからの招待状を頂いたようですね。」と、
皆様に申してしまいましたが、もしかしたら本当にそうだったのかもしれません・・・
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ジェルブロアで、ミシュランの星をもらっているレストランにて
ボリューム満点の昼食を頂いた後は、次の目的地「ジベルニーのモネの
家と庭園」へ向かいました。
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参考文献:「アンリ・ル・シダネル展」カタログ
(ヤン・ファリノー・ル・シダネル、古谷可由 監修・執筆)
(古谷可由、小林晶子 翻訳)

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by salonderoses2 | 2014-06-28 16:38 | 2014・仏英庭園巡りのご報告

引き続きまして、今年2014年6月14日(土)~21日(土)の
8日間の「フランス~英国庭園巡り・バラと紅茶とアンティークに出会う旅」
のご報告、第2回目は、「美しいバラの村・ジェルブロアへ」です。

朝、私は5時に目が覚め、6時からホテル内の朝食に出かけました。
夕食をセーブした為お腹がすき、たっぷり朝食を頂きました。
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さぁ、いよいよ庭園巡りスタートです。
とても大きくゆったりと腰掛けられるデラックスバスに乗って、
ホテルから約2時間半のパリの北東、ピカルディ地方に属する小さな村
「ジェルブロア」へと向かいました。
こちらは、フランス観光局に「美しい村」のひとつとして登録されています。
村に続く道の両側には、ポピーの花が無数に花咲き、モネ等の
印象派の絵画に出てくる世界の様です。
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「ジェルブロア」に到着しました。ちょうど、この日は、年に一度の「バラ祭り」
が開催されるとあって、以前訪れた時よりも車も多く、活気が感じられました。
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バスを降り、村の葡萄畑の脇道を通ってメイン通りへと向かいました。
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この辺りから、皆様からすでに「ワァ~!」という歓声が。
のどかで心がほっとするようなフランスの田舎道でした。
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途中、この地の葡萄で作られたワインが売られていました。
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そして、葡萄酒の蔵も見せて頂きました。
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葡萄酒を管理されている方は、とても誇らしげでした。
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予定外でしたが、こうしたご当地名産の物やそれに関わる方々との一瞬の交流も
旅では楽しいものですね。
新鮮なお野菜や美味しそうな苺が並んで。
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バラも見えてきました。「フェリシテ・ペルペチュ」です。
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ピカルディ・ブルーの扉に「ギスレーヌ・ドゥ・フェリゴンド」の黄色いバラが
よく似合っています。
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この後、この村を「バラの村」に替えた立役者、画家「アンリ・ル・シダネル」の
邸宅へと向かいました。
続きをどうぞお楽しみに。

メールアドレス  salonderoses2@excite.co.jp
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by salonderoses2 | 2014-06-25 19:46 | 2014・仏英庭園巡りのご報告